かくれんぼ

 

 

 

「少しくらい、遊んであげても良いですよね」

そんな望美の一言で、一行は子供のかくれんぼに付き合わされるハメになった。
熊野川の氾濫のせいで進むことの出来ない状態だったため、特に忙しいわけではなかったから
景時も九郎も興味津々で遊びに参加する。

「かくれんぼ……?」

弁慶は首を傾げた。
望美はその様子に驚いて聞き返す。

「え?弁慶さんかくれんぼ、知りませんか?」

「俺もしらんぞ」

九郎も詳細を教えてくれ、と身を乗り出す。

「ええ、……僕や九郎は戦乱の中育ちましたからね。このような遊びに興じたことはないんです」

「あ……そっか……」

望美はごめんなさいと小さく謝った。
子供は何のことか分からないという風に首を傾げる。
景時は気にしないでいいんだよと子供の頭を撫でた。

「えっとですね、オニから見つからないように、隠れるんです。
 範囲はそうだな……この邸の中なら、どこでも!どうですか?」

ヒノエは望美の提案した広範囲な捜索域に口の端を釣り上げた。

「なかなか大胆に定めたね。迷子になっても知らないよ?」

「ヒノエ君こそ、見つけて貰えなくて泣くとかナシだよ」

「……なんだよ、それ」

二人は顔を見合わせて笑う。
弁慶もヒノエのふくれっ面に笑いを堪えきれずに吹き出した。

「オニはじゃんけんで決めましょう」

望美の提案に今度は景時が首を傾げる。

「じゃんけん?」

「えっとー、簡単に勝敗を決められるんです。
 パーがグーにつよくて……」

一通りの説明をすると景時はうんうん、と頷いた。

「便利な方法だね」

「画期的だな!」

九郎も感心して頷く。

 

「じゃあ、はじめますよー じゃーんけーん」

 

「ぽん」

 

「の、望美!俺は負けたのか?勝ったのか!?」

九郎は混乱してあたふたし始める。

「く、九郎さんはチョキだから、負けだよ。私も負け。ほかのみんなはグーだから、勝ち」

「そ、そうか!じゃあ俺と望美はオニなんだな!」

九郎は喜々として目を輝かせる。

「な、なんでそんな嬉しそうなんですか」
「俺は隠れるのは苦手だ!」

……なるほど。確かにじっとしていられない性格だしなぁ、と望美は妙に納得した。

 

「で、望美ちゃん、俺達は隠れればいいのかな?」

景時はどこがいいかなぁと思案顔で尋ねてきた。

「あ、そうですね。じゃあ、私が百数える間にみんな隠れてください」

「そんなに時間をかけなくてもいいぜ?」

ヒノエは得意げに望美に囁きかける。
弁慶は横から制止した。

「僕は少し時間がかかるかな。残念ながらヒノエや子供ほど素早くないのでね」

ヒノエは小さく舌打ちをする。

「どういう意味だよ」

「え?他でもなく、僕が君よりも遅いという意味です」

 

「あー!もう、始めますよ!気が付くとすぐもめるんだもん。ほんっと仲良いんだから!」

望美はぷいとそっぽを向くと数を数え始めた。
その声に合わせて九郎も秒読みを始める。

「いーち」

「にーい」

 

 

カウントを始めるとすぐに各は散って隠れ場所を探し始めた。

 

「おじさん、どこにかくれる?」

こどもは屈託のない顔で景時に問いかける。

「お、おじ……、ん〜?どうしようねぇ」

「私はね、こっちの庭の木の上にする!」

ばいばーい、とこどもは景時に手を振って庭の木にするすると登っていった。
景時も少し考え込んですぐにひらめいたように塀の陰に隠れる。

 

 

 

 

 

一方ヒノエは隠れる場所が定まらずにその辺をうろうろしていた。

「……畜生あいつより隠れるの遅いとか……ありえない」

弁慶はと言えばはぐれてすぐにどこかへ消えてしまった。
なにが 君よりも遅い だ。
ヒノエは小さくため息を付くと髪の毛をかきあげ、辺りを見回した。

ふと思い出す。

熊野にいた頃、よく悪さをして父親にバレて、敦盛と一緒に隠れるときはいつも……

 

そうだ。

 

ヒノエは塗籠を見つけるとその中へ忍び込んだ。

ここなら望美が見つけるのにも苦労するだろう。

 

「いたっ……」

暗くて足下が見えない。何かに躓いて転んだ。

「……大丈夫ですか?」

「……え?」

 

ふと暗い中に薄明かりが灯る。
灯籠に小さな灯が入れられた。

「べんけっ……」

「しっ。静かに……」

叫びかけたのを手のひらでふさがれる。

「見つかってしまいますよ」

「……くっそ……運がないね……」

「心外だな。僕が先客ですよ」

ふう、と同時にため息を付く。

 

「あんたと一緒に隠れるなんてね」
「じゃあ、出ていったらどうですか?」
「今出ていったらみつかるだろ」

それにしてもこんな奴と同じ思考回路だったなんて
とヒノエはぼやく。
それに対して弁慶は吐き捨てるように言い返した。

「君こそ、どうせ小さい頃親の叱責から逃れるために入ってた塗籠を選んだって言うんでしょう?
 馬鹿ですね そのころもすぐにみつかってたくせに」

「う……うるさいな。望美は育ってきた時空が違うんだ。気づくまで時間もかかるだろ?」

「そうですね……九郎の洞察力にも、まあ期待できませんしね」

さらりと酷いことを言うなこいつ。
ヒノエは血の気が引くような思いだった。

「で、そろそろ僕の上から退いてくれませんか」

転んだときに蹴躓いた弁慶の脚のうえに、丁度ヒノエはぺたんと座っている。
よくもまあその体勢から動かないでこんな会話をしていたものだ。

「あ」

丁度向き合う形で座り込んでいた体勢にヒノエは顔を真っ赤に染めて視線を逸らす。

「……」

「なんですか」

「いや、なにも」

「もしかして、今イケナイコト想像しました……?」

口の端を意地悪く釣り上げて、弁慶はヒノエの背筋を人差し指でなぞる。
ヒノエはビクッと肩を強張らせて弁慶をにらみ付けた。

「そんな体勢でにらみ付けられても全然怖くないんですけど」
「……ハァ?」

弁慶はヒノエの耳飾りを掴んで引き寄せ、耳元で小さな声で囁く。

「……したいんですか?」

全身が総毛立つ感覚にヒノエは立ち上がって弁慶との距離をはかろうとした。
が、脚がすくんでしまって上手く立てない。

「だれもそんなこと言ってないね」

慌てて虚勢を張るが、弁慶は全て見通してクスクスと笑う。

「何がおか……!」

叫び声が上がるのを、弁慶は手のひらでヒノエの口を覆って遮る。

「しーっ……見つかってしまいますよ。いくら塗籠とはいえ、ね」
「……んっ」

「で、する気がないなら……ほら、降りてください。重たいです」

冷たくサラリと言い放つと、弁慶はヒノエの脚をぺしぺしと叩いた。
ヒノエは弁慶の冷たい態度に違和感を覚える。

「……っ、わかったよ、狭いからちょっとまって……ここ、随分ちらかってんじゃん……」

よっこいしょ、と立ち上がってヒノエは弁慶と距離を作る。
塗籠の中はすこし寒く、急に離れた体温にヒノエは空虚感でいっぱいになった。

「……」

「……」

会話は続かない。
オニも探しに来ない

二人きり

こんなにも近いのに、ヒノエは未だ弁慶に背中を向けたままだった。

真っ暗な塗籠を照らす灯籠がひとつ、ゆらゆらとゆらめくだけ。
外界からの光は遮断され、暖かな陽光も感じられず
鳥のさえずりも聞こえない。

完全に他と別離した空間として成り立っている。

 

寒い

 

「っくしっ」

小さくくしゃみをする。

弁慶はその声に気づいてヒノエの元へ歩み寄った。

「寒いんですか?」
「ん……埃っぽいだけだよ 気にすんな」

衣擦れの音が聞こえる。
次の瞬間に頭から肩にかけて ばさ と言う音と共にぬくもりが被さった。

「少しはマシじゃないですか?」

「……」

暖かい。

悔しいけど、安心する。
幼い頃から慣れていた弁慶の匂いがする。

「……そんな寒々しい格好してるから……」

するり、と弁慶はヒノエの脚を撫でた。
冷たい指先がふくらはぎを伝って膝へ伸びる。

「っ、……」
「あ、案外暖かいんですね。逆効果かな……」

苦笑するとすぐにその冷たい手を離した。

「……」

無意識のうちにヒノエは離された弁慶の手を掴んでいた。
どうしてなのか自分にもわからなくて、戸惑う。

「……どうしたんですか?」

優しく笑って問いかけてくる。
なんだ、さっきまでの態度と全然違うじゃないか。
騙されたような気分でヒノエは首を傾げた。

「いや、なんでもない……」

慌てて手を離すとヒノエは俯く。

「そうですか」

淡泊な返事を返して弁慶はその場にまたぺたりと座り込んだ。

 

それから また沈黙は続く。
肩にかけられた外套をきゅっと握りしめてヒノエは考えた。

どうして?

身体をちぢこめて外套にくるまって頭を抱え込むようにしてうずくまる。

 

「ねえ、ヒノエ」

不意に弁慶は背中合わせのまま語りかけてきた。

 

「かくれんぼ って、……少し寂しいですね」
「え?」

唐突な話題にヒノエは弁慶の方へ顔を向けた。
弁慶はヒノエに背を向けたまま会話を続ける。

「いえ、こんな遊び初めてしましたから。……似たような事はしましたけどね」

比叡山では上の僧から逃げるのが大変でしたよ。

弁慶はそう言って笑う。

 

笑い事じゃない気もするが。

 

「あの頃は 絶対に見つかりたくない と思って隠れていましたけど」
「ああ、……」

どういう意味かはさすがのヒノエにも予想が付いた。
男色だろう。

「今は 早く見つけて欲しい と思っていましたね」
「え?……」
「一人っきりが寂しいと思ったんです」

突然の弱気な発言にヒノエは驚きを隠せなかった。
こいつが寂しいなんて言葉を吐くとは到底思えなかったから。

「君が来てくれて良かったな」

そう言って弁慶は振り向いてヒノエに笑いかける。
その顔が妙に寂しそうでヒノエは胸が締め付けられるような思いだった。

「なんで……」
「もう、本気で隠れる必要もないと思って」

弁慶は何か自嘲の笑みを浮かべてそのままヒノエから顔を背けた。

「なにより、僕は君に対して依存してるんでしょうね」

「え」

「いやだな。格好つけていたかったのに」

そう言って弁慶は笑う。

本気の発言なのか
それともまたからかうつもりなのか。

なんとなく前者のような気がしてヒノエは弁慶の髪を引いた。

 

「……ヒノ、……っん」

無言で口付けて口内をまさぐる。
ヒノエが頬に添えた手を弁慶はやんわりと掴んで下ろし、握りしめた。
ヒノエの柔らかい手のひらは弁慶の冷たい手を無意識に握り返す。

黙って口付けられているような性格ではないことも
ヒノエは解っていたが 予想通りに弁慶は舌を絡ませてきた。
ヒノエが巧みに操っていた物を更に巧みな動きで制して犯していく。

「ん んん!」

ヒノエが苦しがって身を捩っても弁慶は離さない。
ようやく唇を離したかと思えば、もう一度角度を変えて口付ける。
何度繰り返すのだろうと思うほどに。

すっかりヒノエの息が上がった頃に弁慶はしゃあしゃあと言う。

「悦かったですか?」

「……ッ馬鹿!……、……」

必死に息を整えようとするヒノエを尻目に弁慶は笑う。

「君が誘ったんです。僕に責任はないはずだ」

「な、……」

何か話そうと思っても言葉が出てこない。
息が苦しい。
ヒノエは悔しくて大きくため息を付いた。

「なんですか?」

弁慶は優しくヒノエの背をさする。
すこしやりすぎたかな、と思いながらとんとん、と軽く叩いた。

「……別に俺の前で格好つけなくてもいいんじゃない」
「え?」
「あんたが格好つけようがつけまいが 俺はどうでもいいし」
「それは……」

「安心しな。必死になんなくても 俺、あんたが好きだから」

そう言ってヒノエは弁慶の首に腕を回して抱きつく。
妙に甘えたがりなところがにじみ出て
自分こそ格好悪いな、と思えば自然に笑えてくる。

弁慶はヒノエを抱きしめたまま静かに床に横たえた。
ヒヤリとした床にヒノエの真っ赤な髪と自分の鼈甲色の髪が散らばる。

「ねえ、誘ってるんですか?」

「うん……ねぇ、あんたも満更じゃないんだろ?」

いつのまにこんな綺麗な微笑み方を出来るようになったんだろう。
弁慶はヒノエのあまりに妖艶な笑い方に一瞬胸を射抜かれたように思った。

灯籠の火が揺らめく。

まだ誰も探しに来ない。

 

「本当に……君は僕を惑わせる火を持ってるんじゃないですか?」

「……さぁね」

「いけない子だな」

「上等じゃん」

 

 

 

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