かくれんぼ *後編

 

 

 

「いつまでそんな風に反抗できるのか見物ですね」

「あんたが思ってるほど、ガキじゃないけど?」

弁慶はヒノエの柔らかな髪を撫でながら笑った。
前髪を払う手をそのまま頬へ滑らせると、体温がほんのり上がっているのがわかる。

 

「さあ?外見はそれなりに変わりましたけど……」

服越しにヒノエの鎖骨をなぞり、首筋をなで上げて言葉を続ける。

「中身はあまり変わってない気がしますよ」

「……あっそ、……そんなんあんたに解ってたまるかよ」

ふい、と顔をそらして、ヒノエはふくれっつらを見せた。
その顔に安堵したように弁慶は笑う。

「そういうところが変わらないって言うんですよ」

 

 

 

ふと思い出すのは、弁慶が熊野を立つ日の朝。

その日は快晴で、旅立つには最適な日だった。

「兄上、お世話になりました。少しの間、北のほうへ」
「おう、気をつけるんだぞ。まあ、お前なら……大丈夫だと思うがな」

はあ、とため息をついて湛快は弁慶の指についている古傷を見た。
それは、彼が荒法師として名を馳せていたころに作った傷。
油断した隙に紙一重でつけられた傷だった。

不思議なことに彼は傷の治りが早い。
そのうえ、その強さゆえにめったに傷など作ることもない。
だから、彼にある傷はというとその指の傷と
服を着ていれば決して見えることのない背中の大きな傷だけだった。

「ええ、心配しないでください。九郎もいますしね」

そういって、笑ったときに後ろから荒い足音が聞こえた。
ものすごい勢いで、転がるように走ってくる。

そして、弁慶の衣を引っ張って言った。

「ちょっと、こいよ」

まだ九つになったばかりの湛増は、ふてくされた顔で弁慶の顔をにらみつけた。
あっけに取られた顔で、弁慶は手を引かれ歩く。

 

「ちょ、湛増、どこへ……」
「……」

黙って弁慶の手を引いて、たどり着いた場所は家の裏の木の下だった。
よく木登りに夢中で帰ってくるのが遅くなる湛増を迎えにきた場所。

「どうしたんですか」

「……なんで」

「え……?」

「なんで、奥州なんか行くわけ……?」

木のの根元にぺたん、と座り込むと、湛増はあさっての方向を向いて言った。

「それは……僕にも都合というものがあるんですよ」
「そんなに」

一瞬声を荒げるが、懸命に背伸びして立て直す。

「……そんなに大事なんだ?」

「……」

「熊野より」

わずかに唇がちいさく動いた気がした。

 熊野より

 

俺より も

 

「大事なんだ?」

寂しそうな眼差しが、真白な雲を見ていた。
その瞳を忘れられない

「湛増……っ、……」

つぎの言葉は紡げなかった。
ただ、震える小さな体を弱弱しく抱きしめるだけで、
気の利いた言葉は一切出てこなかった。

「気をつけていけよ」

泣いている?泣いていない?
泣いていると思っていたのに、湛増は朗らかな笑顔でそう告げた。

「湛増……?」
「あんたなんかいなくても俺は平気だってあんたもわかってんだろ?
 次期頭領だぜ?あんたなんか、……いなくても俺は大丈夫」

笑いながらそういうが、何処か自分に言い聞かせるような
つらそうな視線に気づかなかったわけではないのに

「そうですね、僕が居なくても、君は立派に成長するでしょう」

心配せずにこの地を発てそうだ。

そういって弁慶も微笑みかける。

 

「ああ、あんたなんか、どこへなりと とっとと行っちまいな!」

そういったあと、湛増がどこへ走り去ったかまでは
わかっていない。

記憶はそこで終わっている。

けれどやたらと鮮明なその場面

 

彼が強がりな性格だと確信した その瞬間。

 

 

 

そのころを思い出して、自分を責めるような感覚に苛まれて
弁慶はいきなりヒノエの唇に自分の唇を重ねた。
噛み付くように、荒々しくヒノエが紡ごうとした言葉を飲み込んでいく。

「……ん、ゃ、……っ」

唇を離すたびに漏れる声がやたらと大きく聞こえて、
それが酷く耳障りがいい。

「何が いやなんですか?」

君から誘ったくせに。

唇を重ねたままそう囁くと、ヒノエの真っ赤な瞳が少し潤んだ。

「嫌じゃないくせに」

馬鹿にしたように笑うと、
大きな瞳からぼろ、と大きな涙が一滴零れ落ちる。

その涙を無視して、弁慶はヒノエの着物の帯を解く。
前をはだけて、その下の服をたくし上げると白い肌が見えた。

「ちょ、寒いんだから……やめろよ」

「少ししたら暑い、って駄々をこねるんでしょう?」

耳元であざ笑うと、ヒノエの体温が一気に上がった。
腰骨をなぞるように撫でて、そのまま臍のあたりに手を置く。

「やだ……」
「なにがですか?」

わざと音を立てて耳に口付けると、わずかに腰が浮いた。
そんな軽いことでも、やたらと反応を返してくれるのが面白くてたまらない。

胸のあたりを弄って、声を引き出して
それから、下腹部に手を伸ばす。

「この程度で、もうこんなになってるんですか?」
「……ぁ、ゃ……」

だから、何が嫌なんですか。
そういって不機嫌そうに首筋に噛み付くと、ヒノエは驚いたように
身体を大きく跳ねさせた。

「君から誘ったんでしょう?」

「……別に、誘ってなんか……」

「誘ってるって、言ったくせに」

きゅ、と握る手に力をこめると、ヒノエは泣き叫ぶような声をあげる。
思ったとおりの反応に弁慶は口の端を吊り上げた。

「結局はこうして欲しかったくせに」

嘲るように囁くと、ヒノエは顔を真っ赤にして精一杯の抵抗と言わんばかりに
弁慶の楽しそうな瞳に射るような視線を向ける。

「……馬鹿ですね。そんな顔したってちっとも怖くないですよ」

額に口付けて、愛撫する手を止める。
小さく声が漏れる。

それもまた予想通り。

なにもかも、ヒノエの事はわかっている。
不思議な独占欲と特別だという優越感に浸りながら
ヒノエの中に長く整った中指を挿れた。

「ぃや、……っ、ぃた…、ぁ」

「ほら、大きな声を出すと見つかってしまいますよ」

 

声を出させてるのは誰だよ、とヒノエは眼で訴えた。
そんなのわかりきっていることといわんばかりに弁慶はにこやかな表情で
ヒノエの苦しそうに上気した頬を見つめる。

「かくれんぼ、……でしょう?」

静かにしなければ、ねぇ?と笑いながら、
弁慶はヒノエの中を急に乱暴に掻き乱した。

「っあ、……っん、ぃや……」

「随分はしたないですね」

弁慶は片眉を軽く上げるようにして、嫌味ったらしく笑って見せた。
その表情が酷く冷たくて、ヒノエは泣きそうになる。
その泣きそうになる表情がみたかったんだといわんばかりに弁慶は
ヒノエの形のいい唇を舐めた。

「ぁ、……んぅ」

虚勢を張っていた子はどこへやら、
今は何をしても甘ったるい声で答えてくれるだけ。
すべてが思い通りに行く。

 

「誰か来たらどうしましょうね?」

「……っ!」

そんな無神経な一言にヒノエの身体が跳ねた。
直後、ヒノエの身体が緊張で強張っていく。

「まあ、見せ付けても……良いんですが」

言いながら、二本、三本、とヒノエの中の指を増やしていく。
ヒノエは疼く感覚に泣きながら弁慶の肩にしがみ付いた。

「ぁ、あぁ……っん」

「見つけたのが九郎だったら洒落にならないですね」

固有名詞をだされて、ヒノエの身体がびくん、と跳ねる。
心臓の鼓動が早くなっていくのも感じる。

「は、……ぁ、なんで……そういうこと、いう、かなぁ」
「あれ?そういう緊張感、嫌いじゃないでしょう?」

言いながら、ぐっと奥の方を突く。
ヒノエの細い腰が仰け反って、高い声があがった。

 

「そんな声が出るなんて、他の皆が知ったら驚くでしょうね」

そりゃそうだろ
ヒノエは苦笑いして見せた。
弁慶は面白くなくて、ヒノエの笑い顔にまた乱暴な口付けを落とす。

 

 他の人間が知る必要なんてない。

   知らせる つもりも ないんだけど?

口付けを交わす唇の間で交わされることのなかった会話は
直接脳に響くように伝わっていく。

 

 

 

 

「弁慶はどこにいったんだろうな!」

その頃、九郎は弁慶がいる部屋に程近いところで望美と一緒に
隠れている面々を探していた。

「ヒノエ君もみつからないしなぁ」

望美はうーん、と考え込む。

 

「呼んでみるか〜」

「えぇ!?呼んでいいのか!?」

「不可抗力ですよー

 

弁慶さああああああああああああん! ヒッノーエくぅううううううん!!!
景時さぁああああああああああああああああああああああああんっ!」

家中に響き渡る大音声で望美は叫んだ。

 

 

「っ、……べんけぇ……」

ヒノエは不安そうな声で弁慶にすがりついた。

 

「大丈夫ですよ。……そう、物音を……立てないで」

労わるように髪を撫でると
ヒノエは安心しきって弁慶の肩に顔をうずめた。

 

「……見つかっちゃうかな?」

ヒノエは震える声で弁慶に問う。

「いえ、しばらくは大丈夫だと思いますよ。
 あちらが降参するまで大丈夫だと……でも、あまり長居できませんね」

さっさと終わらせましょうか

 

不吉な言葉に、ヒノエは目を見開いた。

 

 

 

 

「かぁげときさぁあああああん」

望美の大音声に驚いて、遠くからがささささ、と木の音が聞こえた。
不安定な塀の陰から滑り落ちたらしい。

 

「もしかして、景時かっ?」

「かもしれませんね!行って見ましょ」

足音は遠のいていく。

 

 

「今は行ってくれましたが、いつ戻ってくるとも知れませんよね」

弁慶はヒノエの中にあった指を引き抜き、
自身を宛がって一度に貫く。

ヒノエの声にならない悲鳴が上がって
弁慶の背にヒノエの指が食い込んだ。

「っ、……んん、っぁ……」

「……っ、ヒノエ」

名前を呼ぶと、ヒノエは弁慶の背を静かになぞる。
それは着物越しではあるけれど、正確に覚えている と言わんばかりに
古傷の位置を正しくなぞる。

 

「っ、……ま、だ残って……んの?」

途切れ途切れに問い掛ける唇が唾液に光っていた。
睫に溜まった涙も、同じように儚げに光る。

 

 

 

「べんけい、これ痛くねぇの〜?」

まだ幼い湛増の声がふと思い出された。

眠れないというから、傍で話でもしようか
と、湛増の褥で、自分が比叡山で学んだ龍神についてや
薬学についてのことを話していた時の事

「……え?」

「すっげぇ、傷……」

眉根を寄せて、湛増は弁慶の傷を労わるようにゆっくりとさすった。
背中についた大きな傷は、今となっては癒えているものの、
痕が痛々しく残っている。

「ちょっと、五条で遊んでいたらつけてしまったんですよ」
「ちょっとじゃねえだろ、ちょっとじゃ」

いたそう〜、と言いながら、いたいけな瞳が弁慶の背を見つめていた。

「治してやれたらいいのにな」

「え?」

「あんたの痛いのとか、くるしいのとか、全部」

治してやれればいいのにな。

そういって弱弱しく笑ったのが
いまだに忘れられない。

 

急なフラッシュバックに弁慶は
無意識のうちに瞳から涙をこぼした。

 

「……あんた、何泣いて……んの?」

言われて、自分の頬に触れてみて
初めて自分が泣いていることに気づいた。

 

す、とヒノエの腕が伸びてきて、弁慶の髪を撫でる。
そのままその手を弁慶の頬に滑らせて涙を拭った。

「……治してやれたら良いのにな」

「……っ!」

あの時と同じ言葉がヒノエの唇から紡がれた。

 

「あんたの痛いのとか、苦しいのとか寂しいのとか」

全部

 

そう言ってまた弱弱しく笑う。

 

「湛増……っ」

 

やめて

そんな消えそうな笑い方はしないで

 

「ぃ、ぁ ぁああっ、……」

切なげだったヒノエの視線を壊すように、
弁慶は細い腰を掻き抱いた。
何度も何度も壊れるほどに突き上げて
酷い喘ぎ声があがるのも構わずに

「イイ、でしょう?」

「……っ馬鹿、……っん、んんっ」

否定する言葉を紡いだら次の瞬間には
その唇を自分の唇でふさぐ。

急に脳裏を過ぎる。

 

この子は自分の苦しみ悲しみをすべて取り去りたいと願ってくれるのに
自分が今この子に与えているものは何だろう。

 

余計な考えをかき消すために、ヒノエの意識が飛んでしまえばいいと
腰を打ち付けて囁いた。

 

「ねぇ、……湛増」

言いかけたときに、ふとヒノエは切り替えした。

 

「弁慶」

「……はい?」

「……っ、寂しく、ない……っ…」

胸が張り裂けそうな苦しげな声で途切れ途切れに

「あんた、……独りじゃ、ないから」

「湛増……?」

「あんたの傍に、いるよ」

愛しそうにヒノエは囁いて、
上手く動かない体を起こし、弁慶の唇に自分の唇をやさしく重ねる。
そのときに繋がりが深くなってしまったのか、ヒノエは一瞬目を見開いて、
そのあと強く眼を瞑って弁慶にもたれかかった。
はぁ、はぁ、と荒い息遣いが弁慶の耳に直接かかる。

 

「……湛増」

愛しています。

 

一言、もう眠りの底ににいるヒノエの耳に語りかけた。
聞こえていないと思ったのに、ヒノエはちいさく頷く。
至極満足そうな顔で、弁慶の肩を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弁慶さぁーん?」

「ヒノエー!どこにいるんだぁ!」

「もう降参だよぉー、でてきてくれないかなー」

探しつづける三人をよそに、
弁慶と弁慶に身なりを整えられたヒノエは
塗籠の中で気持ちよさそうに眠っていた

 

 

二人でずっと居られたらいいのに

 

二人でずっと過ごせる日がくれば、いいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……END