策士  *迷宮設定









「あんたって、何に興味があるんだかわかんない」

「え?」

ヒノエは現代にきて早速購入した携帯電話をかたかたと弄りながら
そんなふうにつぶやいた。
もうすぐやってくるというクリスマスに思いを馳せて
プレゼントだかなんだかを用意し始める神子たちが出かけている間のこと。

「あんたさ、さっきまで姫君たちの話に楽しそうに相槌うってたじゃん」
「そうですね」

まあ、興味深いというのはウソではありませんし。
そう言って弁慶はテーブルの上のコーヒーをすする。
テレビは引切り無しにクリスマスイベントの情報を流し続ける。
うるさいほどに

「一緒に行かなくてよかったのかよ」

ヒノエは風邪気味だから、という理由で留守番すると申し出た。
それに便乗するように、弁慶は「調べたいことがあるので」と外出を断っていた。
それがどうにも腑に落ちなくて、ヒノエは眉間にしわを寄せる。

「オレ、理解できないんだよね。あんたがどうして家に残ったのか」
「別に、僕が出かけようと出かけなかろうと僕の勝手じゃないですか」

ばさ、と新聞紙を広げると弁慶は一面に目をやった。
広告欄にはクリスマス商法にのっとった記事がうじゃうじゃと広がっている。

「まあ、そうだけど」

ヒノエは座っていたソファにそのままごろりと横になった。
ベランダに目をやるとちらちらと雪が降っているのが見える。
のどが少し痛むのを気にしながら携帯の着信履歴を眺めていた。

『from 春日望美
 Title 買い物中だよ!
 *****************
 何か欲しいものとか、ある?
 大体のものはそろうから、なんでも言ってね^^
 風邪気味って言ってたから、のどあめか何か買っていこうか?』 

よく気がつくな。
そう思った。
ほかの八葉のように例外なくヒノエも
彼女のことは好きだ。
けれど、彼女の名を見るたびになぜかチクリと痛む。
気にしてしまう人がいるから。

「……あんたさあ、姫君のこと、好きなんじゃないの?」
言ったあと、妙に鼻の奥がつんとして

「へっくしっ」

くしゃみがでた。

「……ぷっ」

かっこ悪い。
自分でもそう思った直後に弁慶が笑いだす。

「ふふ、あははは」
「……」

ヒノエはこんな話し中にくしゃみが出る自分がかっこ悪いのはもっともだと自覚しているために
反論もできない。

「……答えろよ」
「ええ、好きですね」

何の含みもなく、弁慶はそう答える。
あまりにあっさりと返ってきたのでヒノエは少しひるんだ。

「……やっぱりな」
ごろん、と寝返りを打って弁慶に背を向けた。
弁慶はその様子を気にしていないそぶりで新聞紙をめくる。




数日前、一緒に街へ出かけたときに弁慶が買っていたものが気になる。
《姫君へのプレゼントかな……》
ちょっとからかってやろうかと思ったけれど
機会がなかったし そんなふうにからかう勇気もでなかった。

もしあいつが本気なら。

そう思ってしまうから。


望美は弁慶と話している時、とても鮮やかに笑う。
弁慶もそれと同じように柔らかな笑い方をする。
本気なんじゃないかな。
そう思ってしまうのも無理はない。
自分でもわかるほど



妬いてる。

みっともない。


ごく自然に
溜息が洩れた。


「どうしました?」
「ん、いや なんでもない」

ため息に敏感に反応した弁慶が声をかけてくる。
それにこたえた自分の声が明らかに不機嫌だということにも気づく。
どうしてこんなに子どもなんだろうといらだちは募る。


「ちょっと部屋に行ってきます」

とってきたいものがあるので。

そう言って弁慶はリビングから離れた。

室温など変わるはずはないのに、
それなのに彼が部屋を離れただけで少しだけ温度が下がったように感じた。

さびしいわけじゃなiい。
そう言い聞かせて、上体を起こしソファの上のクッションを膝の上に置く。
またため息が漏れる。

そのとき、弁慶の携帯が鳴った。
マナーモードのバイブレーションが机の上でけたたましく着信を知らせる。
ものの五秒ほどでおさまったことからメール着信だということが分かる。


「……」

誰からだろう。
景時、かな?将臣……?敦盛、かな?
男からであることをなんとなく願ってしまう自分が湿っぽくて嫌になる。
携帯のサブウィンドウをこっそりと覗き込むと
『春日 望美』
と映っている。

そんなことだろうとは思っていたけど。
けれど現実をいざ突きつけられるとなんとなく不安になる自分がいる。
いったいどんな内容なんだ?
まさか甘ったるい恋人同士のメールを繰り広げているわけではあるまいな?


少しだけ。

そう思って携帯に手をかけた。

『from 春日 望美
 Title no Title
****************
 リュウタンってどこにおいてますか?
 あと、センブリって???みつからないです><』


「は……?」

あいつ、いったいどんなお使い頼んだんだ。



「ヒノエ。人の手紙を見るなんて悪趣味ですよ」

やれやれ、といった風に眉を片方だけ器用に吊り上げて
弁慶はいつのまにかヒノエの背後に立っていた。

ビクッと肩を震わせて振り返る。
弁慶は笑顔を崩さずにヒノエが携帯をもっているほうの手首をつかんだ。

「まあ、見られて困るようなやりとりはしていませんけど」

この間ワイドショーで放送してたやきもち彼女みたいですね。と笑う。

ヒノエはなにか反論しようかと思うが
今回ばかりはすべての非が自分にあることもあって
しゅんとうなだれたままだった。

ちょっと言い過ぎたかな、というふうに弁慶はヒノエの顔を覗き込む。

「……ごめん」

ヒノエはバツが悪そうに言って口を一文字に結んだ。
すこし瞳がうるんでいる。

「まあ、今回は僕もちょっとやりすぎたかな」

そりゃあ、これだけ望美さんに気のあるそぶりをしていたら
君も気になりますよね。と笑う。

「そろそろ望美さんから返信があるころかと思って、席をはずしてみました」

にこやかにそんな事を言うものだから
あんまり違和感なくそんな事をいうものだから。

「そこで、気になって君がこのメールを見る。そういう算段です」

僕が策略を口に出すなんて、珍しいことでしょう
そういって弁慶は笑う。
ヒノエは目を白黒させる。

それは、つまり



「見事に引っ掛かってくれて、嬉しいです」

さあっと血の気が引くのがわかった。
気が遠くなる。



だまされた。


「ヒノエ……、ヒノエ?」
「……」

確かに人のプライバシーに踏み込んだ自分のほうに問題はある。
けれど、こんな仕打ちはないだろう。
ヒノエはくらくらする頭を抱えてソファに腰かけた。


「あんたって人間は……」

「あ、でも……物を取りに行ったのは本当ですよ」

弁慶の手には小さな包み。
はい、とヒノエの手に落とす。

「僕から、君に です」

「……え?」

てっきり、これは

「姫君に、じゃなくて?」
「ヒノエに」
「オレに?」

開けてごらんなさい、と促す。
テレビから聞こえる音が、一瞬消えたように感じた。

「これ……」

シルバーの羽を飾った品のいい革細工のストラップがひとつ。

「君そそっかしいから、携帯にでもつけたらどうかと思って」
「……そそっかしい は、余計」

なんで今渡すんだよ。
照れ隠しにそんなふうにつぶやくと、弁慶はしらっと答える。

「ほかの人の分、買ってないのに皆さんの前で君に渡したら雰囲気悪いじゃないですか」

「……まあ そうだけど……」

ほかのやつの分、ないのかよ。
薄情な奴め と思うと同時に
《自分にだけ》という特別な感情に
妙な優越感を覚えた。

『オレって最低……』
そう思うのと裏腹に、嬉しい気持ちが止められない。

がさ、と包みを取り払って、自分の携帯に取り付ける。
触る度に揺れて光るシルバーのモチーフがやたらと愛しく感じられる。

「……ありがとう」

嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
弁慶は満足そうにヒノエの体を正面からすっぽりと抱きしめる。

「その顔が見たかったんですよ」
「……え?」


瞬間、弁慶はにこ、と笑って答えた。

「ふふ、君の笑顔が見たかったんですよ」

どこか含みのある言い方にヒノエは首をかしげる。







----ねえ、知ってました? 君って一度悲しみの底に落として、
    そこから這い上がってきた後の笑顔が一番素敵なんですよ。





「君が驚いてくれてうれしいな」

「……この腹黒軍師が」



「策士  と言ってください」







------------よくわかんないけど あんたのそういうとこは きらいじゃない。





















end


written by サツタバハリセン 暁星